2017年 04月 22日
「これから飲みですか?」 「いえ、桜を見に」 タクシーの運転手が少し怪訝な表情を見せる。無理もない。時計の針は22時を示そうとしている。そのあとで「ああ、なるほどね」と自分を納得させるように頷いてから、彼は緩やかに車を夜の街に滑らせた。 「そういえばライトアップ、始まってましたね。昔はあそこのしだれ桜も良かったんだけれどね、ありゃもう駄目です。どんどん枝を切っちゃってね。もっと大きくて、もっと優雅だったんだけどねぇ」 「そうなんですか」 円山公園の桜には特別な思いがあった。こんな風に書くと何度もこの桜を見に来ているように聞こえるかもしれないけれど、僕がこの場所を訪れるのは初めてのことだ。 おそらく中学生の頃だったと思う。国語の授業の教材の中に円山公園の夜桜について書かれた随筆があった。作者は残念ながら覚えていない。僕はその円山公園の夜桜について触れられている一節に何故だか強く心を惹かれた。月明かりに照らされた桜が目に浮かぶような、そんな臨場感にあふれた文章だった。それ以来、僕の中で円山公園の夜桜は特別なものになった。いつかは見てみたいとずっと考えていた。しかし桜の最盛期は短い。しかも開花時期はその年の気候に大きく左右され、旅行の計画もなかなか立てづらい。年度末、年度初めに当たることから休暇も取りづらい時期である。 今年の桜は開花が少し遅れぎみで、京都では場所によって4月6、7日あたりにようやく見頃を迎えていた。この週末がおそらく一番良い時期になるだろう。逆に今週を逃したら次はまた来年まで桜には出会えない・・・・そんな風に考えていたら矢も楯も堪らず宿泊先も決めないまま、ほとんど衝動的に一人新幹線に乗っていた。金曜日の夕方のことだった。円山公園のライトアップは24時くらいまで大丈夫。京都に着いてから宿を決め、チェックインして桜を見に行っても十分間に合う。なまじ早い時間に行っても花見客がたくさんいるだけだ。落ち着いて写真を撮るのなら遅い時間のほうが都合が良い。ゆっくり考えればいいじゃないか。どうせ気ままな一人旅なのだから。 「花見だったら、祇園さん側からより裏の方がいいね。そっちに車廻しましょう」 「ありがとうございます」 そう話したあと5分とかからずに車は暗闇の中に浮かぶしだれ桜の前に停められた。 「あれが有名な円山公園のしだれ桜ですわ。昔はもっと優雅だったんだけどねぇ・・・・」 昔のことはよくわからないけれど、それは十分に立派で、優雅で、美しいものだった。 「帰りもタクシー使うなら、祇園さんの西楼門の方に抜ければ、いくらでも捕まえられますから」 「いろいろありがとうございました」そう言って僕は車を降りた。 傘をさすほどではないけれど、小雨が降っていた。自他ともに認める晴れ男の僕だが、なぜだか京都では雨に降られることが多い。 しだれ桜はうっすらと細かいミストのような雨を纏って、そこに佇んでいた。 桜というのは、とても難しい被写体だと思う。普通に撮れば普通以上でも普通以下でもない、本当に普通の写真になってしまうから。花の色も日中と夜ではだいぶ見え方が違うし、フレーミングのセンスも問われる。そんな中、今回UPした写真は、本当に何のひねりもない、普通中の普通の写真だ。観光客の誰もが撮るような、記念写真的写真。でも、そんな写真をまずは1枚撮ってみたかった。なぜなら、それは本当に僕にとっての「記念写真」だったのだから。
by photonine
| 2017-04-22 23:59
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